【2022年書籍出版用】「おしえるがっこう」校長先生の物語 第一章 ~生まれてから教員になるまで①~

私は2歳の時に、実は死んでいました。正確には、心肺停止状態で偶然幼稚園を休んでいた3つ上の兄が、「お母さん、けんじが変やよ」って母に伝えてくれたおかげで、仮死状態の私を車で搬送。信号が赤になりかけたのを突っ切って病院へ到着しました。

医者の心肺蘇生により奇跡的に息を吹き返したそうです。あと数分遅れていたら命はなかったそうです。どうやら乳幼児突然死症候群と呼ばれるものらしく、本当に死んでいても全然おかしくなかったにもかかわらず、ラッキーです。

いただいた人生。今思っても感謝しかありません。もうここからすでに『楽しく生きよう』を実践するために重要なキーワード、「感謝」ができる土台を作っていただきました。生きているだけでありがたい。命だけでなく、どんなことにも感謝できるという、一生使える贈り物もいただきました。

🔶当時の母子健康手帳には、母がこんなメモをの記していました。

「布団の中で硬直。白目をむき、放尿して意識がなく、カチンカチンになっていたが命が助かる」

カチンカチンて。。。言い方(笑)。でも助かって本当に良かったです。教員時代は、保健の授業でこの実話は何度も使わせていただきました。大活躍のエピソードです。何よりも、見つけてくれた兄、病院に連れて行ってくれた母、病院の先生。感謝感謝です^^

 

 

 

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